ゆきおんな [いろんなブンガク]
白馬岳に、ある父子が暮らしていました。
ある冬、雪の吹き付ける山で、狩りに出た父子は、道に迷ってしまいました。
吹雪はひどくなるばかり、ふたりは白い闇の中で、一件の山小屋をやっと見つけることができました。
吹き付ける雪の山の中をさまよったせいで、ふたりともひどく疲れてしまっていました。
ゆれる囲炉裏の火のもとで、どちらともなく、うつらうつらとまどろみはじめました。
そとは猛吹雪。
まるで恐ろしい獣のように風がうなり、雪を吹き付けてきます。
小屋はまるで嵐の中の小舟のように激しい風に揺さぶられていました。
息子は、眠りに落ちそうになっては恐ろしさで目が覚めて、またうつろになって・・・・と繰り返していました。
何度目かの夢かうつつか。
山小屋の引き戸ががたっと動き、なにか白いものが入ってきました。
あたたまった部屋の中に冷気がもどります。
「それ」はまず、父親のほうに近づくと、眠る父親の上にふうわりと覆いかぶさりました。
誰何(すいか)したいが、息子は金縛りにあったようで動けないし、声を出すこともできません。
それでも必死に目を凝らしてみると、「それ」は抜けるように肌の白い女でした。
赤い唇から、ふぅ・・・・と息を吹いて、父親に吹きかけました。
長い髪は夜の闇よりも黒く、月の光を浴びたかのようにつややかです。
なんと美しい女だろう・・・・
いや、そうではない。
「だ・・・誰だっ!?」
やっとそれだけ叫ぶと、女は息子のほうを振り返り、すぅっと音もなく近づいてきました。
間近でみるとなおいっそう、この世のものとは思えない美しさです。
女は憂いを含んだ美しい瞳で彼をしげしげと眺めて言いました。
「今夜ここで見たことを、誰にも話してはいけませんよ。私はお前のことが気に入ったから、命を取ることは
やめておくから。ゆめゆめ、口外してはいけませんよ・・・」
息子が何かを言いかけた時にはすでに、女の姿はなかったのです。
「お、おとっつぁんっ!」
父に駆け寄ってゆすったけれど、何の返事もありません。それどころか、体は次第に冷たくなってゆきます。
父は、息をしていませんでした。
そして翌年の冬。
一人ぼっちになった彼のもとへ、ある吹雪の夜、戸をたたく者がいました。
開けるとそこにはこの世のものとは思えない美女が一人、ひどく疲れた様子でたたずんでいました。
旅の途中だが吹雪に遭い、疲れてしまったので泊めてほしいとのこと。
彼は一度は断りましたが、女があまりにも疲れた様子で今にも倒れそうだったので、招き入れることにしました。
彼女は身よりなく、行く先も決まらないと言います。
自分も父が亡きあとはひとりぼっち、男は同情しました。
そしてこの女はその日からこの家に住みつき、彼の女房となったのです。
二人は幸せに暮らしていました。数年たつと、子供も生まれました。
女房は太陽を嫌って昼間は決して外には出なかったけれど、それ以外はとてもよい女房でした。
ある雪の日。
そとは吹雪。
男はふと、数年前の吹雪の夜・・・父親が亡くなった番のことを思い出し、何気なく女房に語りました。
「あの晩も、こんな吹雪だったなぁ」
女房は美しい顔をあげて首をかしげました。
「あの晩とは? おまえさま?」
「おとつぁんが、亡くなった晩のことよ。山小屋で吹雪をしのいでいてなぁ・・・夢だったかもしれないが、
美しい女がふぅ、とおとつぁんに息を吹きかけて・・・・お前、そういえば、そのときのおらの夢の中に出て
きた、あの女にそっくりだなぁ・・・・」
女房はすっと立ち上がると、悲しそうに男を見下ろして、赤い唇を開きました。
「おまえさま・・・・あたしが、その時の女ですよ。誰にも言うなと言ったのに、約束をついに破りましたね。
もうこうなっては、一緒にいることができません。子らもいるので、命を取ることはしませんが・・・・お別れ
ですよ。もう二度と、会うことはなりますまい。さようなら、おまえさま・・・・」
男が何か言いかけた時、女房はまるで幻のようにふっと消えてしまいました。
そして彼女が立っていたところには、かすかな、ちいさな雪の竜巻がうずまいて、それもふと消えました。
部屋の隅では、子供たちがすやすやと寝息を立てていました。
男はただ、呆けたように、女房の消えた宙を見つめているだけでした。
この話し・・
子どもの頃から好きでした。
悲しいような・・・・恐いような・・・・
by hatumi30331 (2012-02-05 10:03)
雪女って、きれいで、か弱いイメージがありますが、雪男ってなんで毛深くて、マッチョなイメージなんでしょう。
by しばちゃん2cv (2012-02-05 10:39)
秘密は心許す相手であっても明かさない、それがひめごと。
雪女は怖いイメージですが、
話の本質は、秘密を共有することや約束事の意味について考えさせられます。
by nana_hyr (2012-02-05 11:33)
雪女って時代を感じますね。凍てつくようなイメージ・・・
いまの時代そのままではないでしょうか。
by SIBA-dog (2012-02-05 16:02)
挿絵見て「ぶるぶる」を思い出しちゃった^^;
by secretariat (2012-02-06 00:00)
日本のこういうお話、大好きです。落語のからすのお嫁さんのお話とか大好きで何回も聞いてました。
by 大林 森 (2012-02-07 23:52)