黄金に憑りつかれた男 [l'histoires d’hommes]
イタリア最大の貿易港、ジェノヴァ。
ここはクリストフォロ・コロンボの故郷とされています。
さて、誰のことでしょう? 日本人にはクリストファー・コロンブスという名で知られていますね。
でも英語ではクリスタファ・カランバス。
10代のころから雇われ先の商船に乗って、様々な航海をしたようです。
毛皮業者の多くの子供たちの一人として1451年ごろ生まれたと言われます(出身地は諸説あるそうです)。
コロンブスの家。
ちょっとだけ寄りました。
ジェノヴァと言えば私にはペスト・ジェノヴェーゼ。
これでもかのバジルの葉っぱ、松の実、パルメザンチーズに塩、そしてエクストラヴァージン・オリーブオイル
を(すり鉢はめんどいので;;;)ミキサーにかけます。
パスタに絡めればジェノヴェーゼのパスタ。
なぜ名前がジェノヴァなのかというと、ジェノヴァ産のバジルを使うのが最高級とされたからだそうです^^
・・・・はなしが外れちゃいました( *´艸`)
便宜上、日本人に知られている呼び方で話を進めます。
コロンブスはジェノヴァの富豪に仕え、アフリカやヨーロッパ各地を船で出回って、香辛料などの
商取引にかかわります。
ある時、フランス船に襲撃されて船が沈没、彼はポルトガルへ漂着します。
弟のいるリスボンへ行き、そこにしばらく滞在します。
没落貴族の娘と結婚したのもこのころです。
商船に乗りながら、大人になってから天文学や各外国語を学び始めます。
その頃は、「地球は丸い、はず」という説が出回っていて、これには彼も魅了されていました。
確かめたい、自分自身で。
さて、それまで水平線の果ては大絶壁で、そこまで行ったら堕ちて死ぬというのが一般的な考えでした。
でも科学の発達と香辛料を求めての新大陸への航路発見へのあこがれが、一部の人々の冒険心や
好奇心をくすぐり始めていました。
中国での羅針盤と火薬の発明、そしてドイツでの活版印刷の発明が、人々に知恵を与えました。
当時のカトリックは科学を認めず、免罪符なるものを人々に売りつけていましたが、聖書が印刷されて
出回るようになると、「それっておかしいんじゃないの?」と疑問に思う人々が宗教改革を起こします。
羅針盤のおかげでほぼ正確に航海できるようになったし、火薬の発明で敵に襲われても船から
大砲を打ち込めますw
商人の子供で10代からアジア各地を放浪しているマルコ・ポーロの『東方見聞録』も、ヨーロッパ人の
アジアへの憧れを掻き立てました。「黄金の国・ジパング」に、コロンブスも憧れたのです。
・・・ちなみにマルコ・ポーロは一度もジパングに来たことないくせに、彼のせいで元寇も来たし、
悪いヤツめ(笑)。
さて、コロンブスは自分の航海のキャリアをアピールしてポルトガル王にパトロンになることを申し込みます。
王もノリノリでしたが、数学委員会に却下されます。
足りないのは資金だけ。
彼はスペインへ向かいます。そしてイサベル女王とフェルディナンド2世に謁見してお願いします。
でもなかなかいい返事がもらえません>_<
そしてやっと、1492年にお許しが出て、8月3日に出向します。
目指すはインディア。東方の香辛料をもとめて。
でもなんだかなぁ・・・・10月、到達したのはまったく逆方向、南米でした。
でも彼は原住民を「インディアン(インド人)」と呼ぶんですね。
なにも知らない純粋な彼らにプレゼントをたくさんもらって、黄金のありかを見つけるために彼らに
ひどいことをします。
彼らの体つきの良さと素直さを見込んで(?)、奴隷としてスペインに献上しようと考えたのです。
そして2度目、3度目の航海でもひどい略奪と殺戮をいたずらに繰り返しました。
教科書には書かれていないけれど、彼は奴隷商人、という肩書もあるのです。
すべては黄金を見つけるためにしたこと。
強欲は人を狂わせます。
イサベラ女王が崩御すると、スペインは彼を冷たくあしらいます。
すでにその悪行の数々は、知れ渡っていました。
最後はぼろ船4隻しかもらえなかった彼は、文字通り落ちぶれてスペインで病死したと言います。
その後しばらくの間、スペインが南米を略奪するお手本となったコロンブスの所業は、
「しかたないね」と済まされるものではないです。
侵略者たちは武器、憎しみ、ずるさ、梅毒を新大陸にもたらしました。
大量の原住民が犠牲になりました。
そこがインドではなく、別の新しい大陸だ・・・そう早くに認めていれば、アノ国の名前も、
アメリゴさんにちなんだ名前にならなかったのですけど・・・・
数奇なものです、運命って。
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あ、すみません。またまた言葉が足らなかったですね;;;
トクメイさんのご感想から、付け足しておきますね。
マルコ・ポーロが元の皇帝フビライに謁見したとき、日本についての質問を受けて
金やら真珠やらがたくさんの国、と言ったので、フビライは日本征服の野望を実行に移した模様です。
直接原因でなくとも、きっかけのひとつとはなったことでしょうね。
文永の役は台風の影響で船が沈没、弘安の役は台風の時期ではなかったのになぜか海が
大荒れに荒れて退散したそうです。
「神風」とは、そのへんから言われた言葉だそうで。
こんなのも「運命の出会い」って言うんでしょうか。
運命って一体・・・。
by Hirosuke (2012-08-08 04:29)
結局は「自分で撒いた種」ですね。
by ようよ (2012-08-08 05:07)
実際に教科書とかでちらっと読んだだけなので、衝撃です・・・。コロンブスってそんな人だったんですか。また一つ、勉強になりました。
元寇が来たのはマルコさんのせいだったんですか(笑)
by トクメイ (2012-08-08 16:13)
こうして読ませていただくと、コロンブスはやりたい放題の大悪党ですね。
因果応報、結局悪行をすると自分に返ってきて最後は悲惨な人生の
末路を送るしかなくなるのでしょう。
ヨーロッパは奴隷を確保するためにめちゃくちゃしてますから。
きれいな上辺ではないドロドロとした裏の世界があの町並みにも
隠されていたのでしょうね。
by 青竹 (2012-08-08 17:20)
偉業を成し遂げた人でも、その裏には
醜さや残酷な一面があるのですね。
そんな酷い史実を私も知らずにいました。
by sora (2012-08-08 19:22)
いつの世も侵略は終わりませんね人間に欲が有る限り。
by 馬爺 (2012-08-08 19:49)
コロンブスは歴史的には評価されても
人間的には好きになれませんね。
by PATA (2012-08-08 22:08)