~のほう。
私の嫌いな日本語。
それは、コンビニ・ファミレス言葉。
「~のほうですね?」
「ほう」という形式名詞は、まったく必要ないです。
これに過去形の助動詞がつくと、余計に意味不明です。
「〇〇のほうで、よろしかったですか?」
はぁぁぁぁ~??
なぜ、過去形?
ちゃんとした名詞を使いながらなぜその直後に形式名詞?
一度注文が完了した物を、もう一度確かめに来たわけでもなく、
一度目の注文でそれを反芻してお客に確認するとき、こんな風に言う人がたくさんいます。
でも、これ、こう訊かれると、すごく気持ち悪いんです。
この前、テレビでアナウンサーの女性がこの「名詞+~のほう」をさらりと使っていました。
すごくびっくりしました。
言葉を仕事にしている人が、公共の電波で「~のほう」を使ったから。
いや、形式名詞を使うこと自体は間違いではないですね。
でも名詞につなげて形式名詞は、はっきりいって、形式名詞を用いる意味はどこにあるの?
「ピラフのほうでよろしかったですか?」と訊かれたら、思わず、
「は?」とびっくりしてしまいます。
今はじめて注文したはずなのに、ワタシ、前に注文していましたっけ?みたいな。
「~からでよろしかったですか?」
これはお金を払うとき、レジで言われます。
これもわかってはいても考え事をしていたりぼーっとしていたりすると、思わず「は?」と
訊き返してしまいます;;;;
「1000円からでよろしかったですか?」=「ホントに1000円で清算するの? ホントに?マジで?」
みたいな?(笑)
いや、冗談ですけど、なんだろう・・・・もっと払わせたいわけ?
あるいは、ほかのオプションを示せと? みたいに違和感が感じられます。
「これ以上、だしませんよ!」と言いたくなってしまうのです(笑)
言葉は変遷していくのがいつの時代も普通の現象ですし、
多数派が使えばもとは間違いでも正しいとみなされていくようですが、
それでもこの手の言葉はとても気味が悪いです。
私的な見解ですが、日本人はあいまいさを美徳とする民族性があって、そのうえ、現代社会では
他者とのコミュニケーションに消極的な人が多いために、言葉による衝突を避けようと
無意識な遠慮と言うか何かが働いて、ストレートに言うよりも曖昧さを加えたほうが、
関係をスムースに進める・・・というように、思う人が多いということなのでしょうか?
日本は、カスタマーサービスなどに電話で問い合わせしても、ほしい答えをもらえないことがあります。
会社の規約ではっきり言ってはいけないとか、オペレーターに言われたことがあり、「誰にもほかの人に言わないから、どうかどうか、はっきり本当のことをいってください、ここだけの話で!」と説き伏せて、やっと知りたい答えを言ってもらえるまでに5分くらいかかったこともありましたっけ(笑)→実話です
簡潔に、明解に物事を伝えられない民族性は、国際社会では奥ゆかしさとはとらえられず、
むしろ「わけわからん、不気味、言ってることと本心が違って信用ならない」としか思われないです。
人間関係をうまくいかせたいから、が一番の理由だとは思うのですけど。
はっきり物事を言えば、
「あのひとって、キツいよね」とか「はっきり言い過ぎだよね」と陰口をたたかれることを
恐れることもあるのかもしれません。
私など、本音と建前を使い分けるのは面倒なので、ホントの事しか言わないし、
気に入らないことは気に入らないと言ってしまうし、嫌なら周りに同調しないし、
曖昧なことを言われると「それってこういうことですか?」と「本音直訳」して理解しようとするので、
「はっきりしすぎてきついよね」と言われたこともしばしばありました。
でも今は、周りの人たちはわかっているみたいで、私の事は「ホントのことしか言わない人」と思っているようです(笑)
でも、コンビニやファミレスで、はっきり言わなくてどうするの?
というか、あいまいに言う必要性がわからないです。
お金や商品をやり取りする以上、はっきり言ったほうがいいではないですか?
たぶん、モンスターカスタマーみたいな超勘違いの横柄な客を恐れているところもあるのかもしれないけれど。
時々、コンビニの店員さんの言っていること(たぶん、いろいろなマニュアル的なこと)が早口すぎて聞きとれなくて、3回くらい訊き返してしまうことがあります。すると店員さんはふっと苦笑して、こいつ日本語わからないんだなという感じで、「サンキュー!」と言ってきます。
いえ・・・日本語ネイティヴなんですけどね、わたし・・・
JK用語やネット用語など、使用者がカテゴライズされているような特別な用語は、別に困らないです。
自分がユーザーでない限りは、もし理解できなくとも、日常で困ることはないので。
でもこういうイラッとくる言い回しが一般化してくると、なんか残念におもいます。
接客用語こそ、美しい日本語であり続けるべき。
それが日本人の「お・も・て・な・し」の精神を表すのではないのでしょうか?
この前、中華料理店の店員の中国の方が、すごく日本語がお上手でしたが、会計時に
「1000円からでよろしかったでしょうか?」と言った時には、かなりびっくりしました。
彼ももはや日本のダメ文化に毒されてしまっているのね・・・・
オリンピックまでに、外国語を覚えることも前向きで素晴らしいと思うけれど・・・・
接客用語も、美しくあって欲しいと思うのです。
それは、コンビニ・ファミレス言葉。
「~のほうですね?」
「ほう」という形式名詞は、まったく必要ないです。
これに過去形の助動詞がつくと、余計に意味不明です。
「〇〇のほうで、よろしかったですか?」
はぁぁぁぁ~??
なぜ、過去形?
ちゃんとした名詞を使いながらなぜその直後に形式名詞?
一度注文が完了した物を、もう一度確かめに来たわけでもなく、
一度目の注文でそれを反芻してお客に確認するとき、こんな風に言う人がたくさんいます。
でも、これ、こう訊かれると、すごく気持ち悪いんです。
この前、テレビでアナウンサーの女性がこの「名詞+~のほう」をさらりと使っていました。
すごくびっくりしました。
言葉を仕事にしている人が、公共の電波で「~のほう」を使ったから。
いや、形式名詞を使うこと自体は間違いではないですね。
でも名詞につなげて形式名詞は、はっきりいって、形式名詞を用いる意味はどこにあるの?
「ピラフのほうでよろしかったですか?」と訊かれたら、思わず、
「は?」とびっくりしてしまいます。
今はじめて注文したはずなのに、ワタシ、前に注文していましたっけ?みたいな。
「~からでよろしかったですか?」
これはお金を払うとき、レジで言われます。
これもわかってはいても考え事をしていたりぼーっとしていたりすると、思わず「は?」と
訊き返してしまいます;;;;
「1000円からでよろしかったですか?」=「ホントに1000円で清算するの? ホントに?マジで?」
みたいな?(笑)
いや、冗談ですけど、なんだろう・・・・もっと払わせたいわけ?
あるいは、ほかのオプションを示せと? みたいに違和感が感じられます。
「これ以上、だしませんよ!」と言いたくなってしまうのです(笑)
言葉は変遷していくのがいつの時代も普通の現象ですし、
多数派が使えばもとは間違いでも正しいとみなされていくようですが、
それでもこの手の言葉はとても気味が悪いです。
私的な見解ですが、日本人はあいまいさを美徳とする民族性があって、そのうえ、現代社会では
他者とのコミュニケーションに消極的な人が多いために、言葉による衝突を避けようと
無意識な遠慮と言うか何かが働いて、ストレートに言うよりも曖昧さを加えたほうが、
関係をスムースに進める・・・というように、思う人が多いということなのでしょうか?
日本は、カスタマーサービスなどに電話で問い合わせしても、ほしい答えをもらえないことがあります。
会社の規約ではっきり言ってはいけないとか、オペレーターに言われたことがあり、「誰にもほかの人に言わないから、どうかどうか、はっきり本当のことをいってください、ここだけの話で!」と説き伏せて、やっと知りたい答えを言ってもらえるまでに5分くらいかかったこともありましたっけ(笑)→実話です
簡潔に、明解に物事を伝えられない民族性は、国際社会では奥ゆかしさとはとらえられず、
むしろ「わけわからん、不気味、言ってることと本心が違って信用ならない」としか思われないです。
人間関係をうまくいかせたいから、が一番の理由だとは思うのですけど。
はっきり物事を言えば、
「あのひとって、キツいよね」とか「はっきり言い過ぎだよね」と陰口をたたかれることを
恐れることもあるのかもしれません。
私など、本音と建前を使い分けるのは面倒なので、ホントの事しか言わないし、
気に入らないことは気に入らないと言ってしまうし、嫌なら周りに同調しないし、
曖昧なことを言われると「それってこういうことですか?」と「本音直訳」して理解しようとするので、
「はっきりしすぎてきついよね」と言われたこともしばしばありました。
でも今は、周りの人たちはわかっているみたいで、私の事は「ホントのことしか言わない人」と思っているようです(笑)
でも、コンビニやファミレスで、はっきり言わなくてどうするの?
というか、あいまいに言う必要性がわからないです。
お金や商品をやり取りする以上、はっきり言ったほうがいいではないですか?
たぶん、モンスターカスタマーみたいな超勘違いの横柄な客を恐れているところもあるのかもしれないけれど。
時々、コンビニの店員さんの言っていること(たぶん、いろいろなマニュアル的なこと)が早口すぎて聞きとれなくて、3回くらい訊き返してしまうことがあります。すると店員さんはふっと苦笑して、こいつ日本語わからないんだなという感じで、「サンキュー!」と言ってきます。
いえ・・・日本語ネイティヴなんですけどね、わたし・・・
JK用語やネット用語など、使用者がカテゴライズされているような特別な用語は、別に困らないです。
自分がユーザーでない限りは、もし理解できなくとも、日常で困ることはないので。
でもこういうイラッとくる言い回しが一般化してくると、なんか残念におもいます。
接客用語こそ、美しい日本語であり続けるべき。
それが日本人の「お・も・て・な・し」の精神を表すのではないのでしょうか?
この前、中華料理店の店員の中国の方が、すごく日本語がお上手でしたが、会計時に
「1000円からでよろしかったでしょうか?」と言った時には、かなりびっくりしました。
彼ももはや日本のダメ文化に毒されてしまっているのね・・・・
オリンピックまでに、外国語を覚えることも前向きで素晴らしいと思うけれど・・・・
接客用語も、美しくあって欲しいと思うのです。
飲食を注文し終えると店員は復唱し最後に「…でよろしかったでしょうか?」と年配の女性。「…でよろしかったでしょうか?」という意味が分かりませんと言うと「でご注文はよろしいでしょうか」と慌てて言い直しました。
by 風太郎 (2014-10-19 15:28)
大好きな歴史小説「のぼう の城」かと、勘違いしました。
「村上水軍の娘」も、大興奮です!(あはは笑)
by hanamura (2014-10-19 17:51)
この手の言葉に違和感を感じるのは、どちらかというと普通の感覚だったのですね。このコラムを読んでちょっとホッとしました。
by ciel-bleu-fonce (2014-10-19 20:56)
同感ですが、、
もっと若い世代になると、まったく違和感なくこういう言葉を使うのかと思うと、残念です。
そして自分の子供の言葉遣いには、かなり厳しくしています。
それにしても、日本人にサンキューと言わせるnikiさん、
素敵です^^
by ginchanx_5150 (2014-10-20 17:34)
まさにその通りです。
「よろしかったでしょうか」と言われると
「そのキモチワルイ言葉、やめてくれない?」
と言いそうになります。(言いませんが)
by lequiche (2014-10-20 20:42)
よくありますね、こんな言葉づかい。
「~してもらってもいいですか」と後輩が言うので、嫌! と言ったことがあります。 どうしてしてください・・・と言えないのか、して欲しいのに、
相手にするのかどうかを委ねるのでしょうね、次記事を見せて頂いていて遡ってしまいました^^;
by aya (2014-10-20 21:15)
わたしはなにせアナウンサーがこの手の言葉だけでなく、平気で新語・流行語を使うのを聴くと、「ああ、今の日本はここまで腐ってるんだ」との認識を新たにします。(笑)
でもこのままではいけませんよね。
RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2014-10-21 00:17)
公共放送だとわたしは思っているTVのアナウンサーだかなんだかが
中学生や高校生が喋る言葉を喋っていますね。
言葉は進化するとか変化するとか云われますが、それを実践しているんでしょうね。メディアの影響力が大きいことを理解しているんでしょうね。
by 斗夢 (2014-10-21 08:45)
「これ以上、だしませんよ!」ってとこで、
吹き出しちゃいました。
それこそ大昔、日本に出店したての頃のデニーズは
満面の笑顔で「いらっしゃいませ!ようこそデニーズへ!」って、
欧米のノリでビックリしたのを憶えてます。
きっとマニュアルが外国語なんだろうって思うことにしてます。
by desidesi (2014-10-21 17:41)
多くの、多くの、とても多くの人が
違和感を持っているはずの「〜のほう」、
なぜここまで広まったのでしょうね?
なんにでも「こと」をつけるのも違和感があります。
例えば野球中継で、
「上手く打つことができませんでした」という実況ですが、
「上手く打てませんでした」で済むはずなのですが。
by e-g-g (2014-10-22 19:25)