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麗しのアンヌ [l'histoires de femmes]

a.Anne d'Autriche0.jpg

アンヌ・ドートリッシュ(1601-1666)は、スペインのフェリペ3世の娘でした。
利発な美少女は14歳の時に、和平のために政略結婚でフランスへ嫁がされました。

嫁ぐときには父王にすがりついて泣きじゃくったというエピソードも残っていますね。
王妃になってからはその美しさに、ルーベンスが何枚も彼女を描いています。

a.anne.Louis XIII.jpgルイ13世

彼女の夫となったのは、父アンリ4世が暗殺されたために王になったルイ13世。
母親のマリー・ド・メディシスが摂政として権力を握っていたし、そのうえ、リシュリュー枢機卿も
絶対的な力を持っていました。

a.anne.Marie de Medicis.jpgマリー・ド・メディシス

a.anne.cardinal et duc de Richelieu.jpgリシュリュー

14歳の少女にしてみれば、心細い輿入れだったことでしょう。
フランス語が話せないうえに、夫となった少年王は、まるで少女のよう、彼女には関心を示しません。
そして強い姑と、権力ある枢機卿。

何度かあらぬ疑いをかけられて、陥れられそうになったこともありました。
夫は23歳になってやっとひげが生えてきたというくらいの成長異常。
そのうえ、異性よりも同性愛の傾向が強かったようですね。これはのちに彼の死因にもつながります。
(同性愛が直接の死因ではないですよ!!!)

彼女に関心を示さないルイ13世。
アンヌは孤独だったことでしょう。
世継ぎを期待するあまり、周囲は子づくりさせようと必死でした。
無理やり服を引きはがして、ベッドに放り込まれたこともあったとか。

a.Anne d'Autriche3.jpgスペイン王女時代。

何度か妊娠と流産を繰り返しましたが、なかなか世継ぎに恵まれませんでした。
24歳の時・・・・嫁いで10年目、彼女は初めて、恋に落ちました。

a.anne.1st Duke of Buckingham.jpgバッキンガム公

イギリスの大使、バッキンガム公。
『三銃士』がお好きな方ならば、この辺のエピソードはよくご存知かもしれませんね。
それにしてもイケメンです・・・うむむ。

でも2年後に、彼は暗殺されてしまうのです。
彼女の人生はまた暗闇に逆戻りでした。

結婚して23年年目。やっと、ついに、彼女はひとりの子を産みました。
しかも、男の子。世継ぎの誕生でした!

「神の子」とよばれた、のちの太陽王ルイ14世です。

louisXIV1.jpgルイ14世。この肖像画はかわいくない☆

37歳にしてやっと、彼女は安堵したことでしょう。
そしてこの王太子が4歳になる年に、ルイ13世が大腸の病気で苦しみながらこの世を去りました。
・・・彼は、浣腸マニアだったので、それが原因かと思われます。

これによって彼女は幼い王の摂政となります。
彼女を支えたのが、リシュリューに見出されたマザラン枢機卿。

a.anne.Jules Mazarin.jpgマザラン

イタリア人だった彼は教皇のお使いでフランスに来てリシュリューに気に入られ、フランスに帰化したのです。
大嫌いなリシュリューのお気に入りでしたが、彼の政治手腕は認めていたのでしょうね。
アンヌはマザランに絶対的な信頼感を持っていました。

あまりにも信頼し切っているために、秘密結婚をしていたのではないかともいわれます。
亡き初恋のバッキンガム公にすこし、面影が似ているとも・・・。

a.Anne d'Autriche2.jpg

ずっと子供ができなかった彼女に23年目にして子供ができたことも、ルイ14世の実の父はマザランではないか
といううわさも無きにしもあらずでしたが・・・・。
DNA鑑定がない時代でしたから~w

マザランは自分の姪たちをフランスの名門貴族に嫁がせて出世を果たしたそうですが、その中の一人、
マリア・マンチーニはルイ14世がぞっこん惚れ込んでいたようです。

a.anne.mariemancini.jpgマリア・マンチーニ。確かに美人!

でも、和平のためにスペインの王女との結婚をマザランはすすめたのです。
この王女はマリア=テレーズ・ドートリッシュ、母アンヌの弟フェリペ4世の娘であり、父の妹の娘でも
あったので、父方から見ても母方から見てもイトコにあたりました。

a.anne.Marie Therese d'Autriche.jpgマリー=テレーズ

ルイ14世はマザランが死ぬまで信頼を置き、母のアンヌの政治手腕もほめたたえていました。
マザランが亡くなってからは親政をおこないました。

ところで、フロンドの乱などでルイ14世は幼いうちからパリを追い出されてさまよわなくては
ならないことがあったために、パリが嫌いだったそうです。

そのために彼はヴェルサイユに別の宮殿を建設したのです。
パリに戻らなくてもいいように・・・w

a.Anne d'Autriche1.jpg

マザラン亡き後、アンヌは僧院に隠棲し、そこでひっそりと亡くなりました。
フランス絶対王政の基盤を固めた美しき摂政は、実家のハプスブルク家から、裏切り者のレッテルを
張られたまま、許されることはなかったそうです。




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arles

浣腸マニア・・・ゲイ決定ですなw
by arles (2012-01-08 01:37) 

vega

「三銃士」好きなので、興味深く読ませていただきました。
by vega (2012-01-08 07:24) 

プースケ

おはようございます(^_^)
今回の記事も興味深く拝見しました。華やかな
世界ですが色々な苦悩もあったのでしょうね。
それにしてもバッキンガム公はイケメンですね♪
by プースケ (2012-01-08 09:05) 

リュカ

バッキンガム公、こんなにイケメンだったら
恋に落ちちゃいますよねー。
もし暗殺されなかったら、どんなふうに変わっていたんだろうって想像しちゃいました。
by リュカ (2012-01-08 10:00) 

youzi

おはようございます♪ いつもありがとうございます。
仲良しさんでの同窓会、とても楽しそうでした。
私もどのクラスに居たかが分からないです~。
昨年、通っていた中学校の創立50周年の時に発行された
記念誌を知っている方からいただいたんです。
私も弟妹も3年生の時の集合写真が出ていて、
妹と一緒に見て、盛り上がりました。
実は父の中学校の時の写真もあったんですよ~。
一緒だった人たちの名前、大部分覚えていましたが、
どうしても分からなかった人がよくつるんでいた人で
何で分からなかったんだろうって…
by youzi (2012-01-08 10:33) 

nana_hyr

スペイン王女時代、利発な美しき少女ですね(´∀`*)
バッキンガム公も確かにイケメンwこの方のお名前はさすがにわたしも存じておりました。
(ようやく知っている名前を目にしてさらにnikiさんの世界の広さを感じますw)

裏切りのレッテルをはられたままというのはなげかわしいけれど、愛する人に出会えたことは女性の幸せでもありますね^^
by nana_hyr (2012-01-08 11:39) 

馬爺

ヨーロッパの歴史はよく分かりませんでしたが楽しく見て勉強に成ります。
名前だけしか覚えていない歴史もこのような逸話が有ると興味を示すものですね。
by 馬爺 (2012-01-08 14:41) 

たいちさん

数奇な人生を歩んだアンヌですね。歴史の勉強になりました。
by たいちさん (2012-01-08 17:27) 

tomickey

いつもniceをありがとうございます!
南京ではniceが押せないのでコメントにて失礼致します~(^o^)
by tomickey (2012-01-08 17:37) 

ナツパパ

うちは7年目に子どもが出来たけど、長かったなあ。
それが23年目...うーむ。
それにしても、マリア・マンチーニ、好みっす。
by ナツパパ (2012-01-08 17:57) 

うっしー

遅ればせながら明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします(^0^)
by うっしー (2012-01-08 21:31) 

マチャ

三銃士、大好きです。
リシュリュー枢機卿は悪役として描かれていますが、
やはり政治的な手腕はすごいですね。
by マチャ (2012-01-08 21:43) 

DM

さすがイタリア人マザラン!
by DM (2012-11-10 08:55) 

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