敦盛 [平家物語]
源氏方の武将・熊谷次郎直実は、16歳の息子・小次郎直家とともに、何とかして名のある敵将を
倒し、手柄を上げたいと焦っていました。
息子の直家は初陣です。
ここで父子ともに手柄を立てて、鎌倉殿(頼朝)に取り立ててもらおうという心づもり。
まだ夜も明けきらないうちに一の谷の敵陣に臨んで、二度も名乗りを上げたのに誰も打ち取ることは
できませんでした。
平家方は、義経の軍に追い立てられるように退陣し、船で逃亡を試みていました。
そのなかに、逃げ遅れた武者がひとり。
萌黄のグラデーションの鎧を着て、鍬形打った兜をかぶり、黄金の飾りの太刀をはき、連葦毛の馬に乗り
波間に船めがけ駆け出す様子を見て、熊谷はしめた、と思いました。
あの格好、名のある武将に違いない!
「そこなおかた!!敵に背を向けるとは卑怯なことですぞ! 」
波打ち際の立派な鎧の武者は、熊谷の声に振り返ります。
そして引き返してきたところを、強力の熊谷は馬から引きずりおろして砂の上に組み敷きました。
熊谷はその武者を見てはっと息をのむのです。
まだ16,7ばかりの、ほんの若武者。息子の直家と同じくらいなのです。
そしてそのかんばせの美しさ、おなごと見まごうばかりです。
太刀を振り下ろそうとした熊谷の手が躊躇して震えました。
「いったい、どこのお方なのでしょう? お名乗りください、お助けしましょう」
若武者はきっ、と熊谷を見上げ、恐れもせずに言い返します。
「そういう貴公は?」
「武蔵野国の熊谷次郎直実と申します」
若武者は気高くも生意気に微笑します。
「さては貴公にとっては好敵手。名は名乗らぬが、首を取りひとに尋ねてみよ」
さきほど、早朝の名乗りのとき、息子の直家は手に軽傷を負いました。
それだけでもとても心配した熊谷は、今、自分が組み敷くこの少年の親のことを考えました。
息子と重なるのです・・・・
熊谷には、迷いが生じました。父性が太刀を持つ手を小刻みに震えさせます。
手柄は立てたいが、この少年を殺すことは・・・・・
しかし、彼らの背後に源氏の兵たちが五十騎ほど、馬のひづめを響かせて近づいてきました。
「殺せ! 早く殺せ!」
若武者は熊谷をにらみあげます。生き恥をさらすことを、死よりも屈辱的と考えているのです。
潔く高貴なその態度に、熊谷の心は激しく揺れました。
たとえ自分が逃しても、後ろから迫りくる味方の誰かが、この少年を討ち取るだろう。
彼は念仏を唱えて、少年に太刀を振り下ろしました。
熊谷は泣き崩れました。
首を包もうとしたときに、若武者の鎧から、横笛がぽろりと落ちました。
このようないくさ場にも、笛を持つとは、なんと風雅な。
それに比べて、手柄を焦るわが身が、なんとあさましいことか。
彼は冷静になり人間らしさを取り戻すと、後悔の念でいっぱいになりました。
そしてのちに、出家したと言います。
この若武者は、平敦盛。清盛の甥にあたる17歳の少年でした。
横笛の名手として知られた風流人で、貴公子らしく気高い魂の持ち主でした。
私は源氏派ではなく平家派なのでw、このあたりの源氏側目線の書き方が嫌いです(笑)
熊谷が反省したからと言って、なんなの?!と高校生のころに思っていましたw
風流人を殺すなんて、なんと無骨な野蛮人っ!なぁんて。
出世を望み焦るあまりに誰かを犠牲にすることになって、その事実に自ら打ちのめされる・・・・
共感できるポイントがなにもありません~~。
清盛は横暴だったかもしれないけれど、子供世代には武士としてよりも、都人としての教養のほうが
高かったのですよ。
音楽や芸術、学を愛し、和歌を詠み舞を舞う。だから私は源氏でなく平家派なのですw
信長が好んで舞ったという『敦盛』。「人間五十年,下天のうちをくらぶれば,夢幻のごとくなり」が好きです。
by 【みなと】 (2011-12-13 12:57)
平家物語の巻第九、敦盛の最期は、何度読んでも涙が溢れてきます。
「源氏派ではなく平家派」、私もまったく同感です。
平家物語は源氏の目線で書かれているところが気に入りませんが、いくつかのエピソードは、都人としての平家公達の風雅に触れていましたね。
ところで、敦盛と直実のこと。
絶滅危惧種になってしまった高山植物の「アツモリソウ」「クマガイソウ」として名を残していて、山登りをする人たちにはその意味でも印象深い名前です。
by 伊閣蝶 (2011-12-13 15:31)
武士であるまえに親であり、親であるまえに人間であったことを
戦で知るしかなかった状況が残念です。
by nana_hyr (2011-12-13 18:05)
来年のNHK大河ドラマが楽しみですね。
by たいちさん (2011-12-13 18:18)
源平も明治維新も所詮勢力争いだと思います。一説では平氏はペルシャとかイスラエルとかそういうところから流れてきたと言われています。であれば、彫りの深い顔立ちだったかもしれませんね。ちなみに我が家は清和源氏の末裔ですからどうしても源氏贔屓になってしまいます。
by うーさん (2011-12-14 00:46)
源氏は無粋…(苦笑)
by 扶侶夢 (2011-12-14 01:16)