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親まで毒殺!! 恐怖の毒殺魔・ブランヴェリエ侯爵夫人 [l'histoires de femmes]

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司法官を父に17世紀のフランスに生まれたマリーは、天性の美貌と才気があったにもかかわらず、つつましさに欠け、愚かしいほどに浮気な少女でした。

彼女はブランヴェリエ侯爵という、地位と財産はあるがあまり賢明ではない浮気な男と結婚しました。

当時の貴族たちにとって、お互いに愛人を持つことは黙認でした。
だから遊び人の夫が、妻が何人も愛人を持つことを黙認していたのです。

しかし、彼女の父親はそんな娘を許せませんでした。
司法官として彼女の一番のお気に入りの愛人であったゴーダンという士官を、牢に投獄してしまいます。

このゴーダンという男、なかなかの策士であり、さっそく獄中でエグジリという男から毒薬の作り方を教わりました。イタリア人のエグジリは、スウェーデンのクリスティナ女王に仕えていた、150人以上もの人を毒殺したという噂の毒薬師だったのです。

マリーは愛人が覚えた毒の調合を試し始めます。
小間使いや、はたはお菓子やワインに仕込んで慈善病院を訪れて、何も知らない人々に与えました。
こんなことを楽しみとしていたというのだから、怖い人です。


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ゴーダンはマリーの父に復讐しようとします。マリーも財産欲しさに、まずは兄弟たちをつぎつぎと毒殺しました。
父には毎日少しずつ毒を盛り、8か月かけて死に至らしめてしまいました。
上の娘が頭が悪いので、毒殺してしまおうかとも考えたと言います。
いったい、どんな思考をしているのでしょう?

しかし、ゴーダンがたまたま毒の調合中に事故死してしまうと、警察の捜査によって、ゴーダンがかけていた「保険」がみつかり、彼女は逮捕されるのです。

「保険」・・・・それは、ゴーダンはいつか自分も彼女に殺されるのではと疑念を抱き、もし万が一そうなったときには、犯人は彼女だと世間に知らしめるいくつかの証拠品を、小さな木箱の中に大切に保管しておいたのです。

かくしてマリーは逮捕されます。
ここからも彼女がただの女性ではないことがわかります。

イギリスへ逃亡し、捕まりそうになるとオランダへ渡り、そしてフランスの修道院に逃げ込みました。
しかしついに逮捕されてパリへ護送されます。

裁判にかけられてもひどい拷問を受けても、マリーは頑として自分の罪を認めません。
罪のほとんどを記した、告白録まであるのに、自分が書いたものではないと言い張ったのです。

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そんな彼女もろうとで口に水を流し込まれる拷問を受けて、ようやく罪を認めました。

そして群衆の罵声を浴びながらも毅然とした態度のまま、打ち首の刑に処されました。
彼女は火葬されましたが、その遺骨は魔よけのお守りとして、高値で取引されたそうです。

現代風に言えば、彼女は脳のどこかに損傷をきたしていたのかもしれませんね。
私には各部分の名称はわからないですが、感情が正常に発達しなかったのかもしれません。

毒殺犯の7割以上は女性であると言われますが、本当におそろしい女性です。



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ktm

このところすごい女性が続きますね。
\(◎o◎)/!です。

by ktm (2012-11-08 09:17) 

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